大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和41年(行ツ)61号 判決

上告人

長尾民之介

上告人

角平八

右両名訴訟代理人

重山徳好

吉井晃

大森実厚

普森友吉

上告人

坂口庄作

(ほか三名)

被上告人

石川県選挙管理委員会

右代表者

三由信二

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人重山徳好の上告理由第一点、同吉井晃、同大森実厚の上告理由第一点および同普森友吉の上告理由一について。

論旨は、原審における被上告人の訴訟代理人弁護士盛一銀二郎は、県選挙管理委員会委員として本件裁決に関与した者であるから、同代理人のした訴訟行為はすべて弁護士法二五条四号に違反し無効であるといい、またこの点を看過した原審に釈明権不行使ないし審理不尽の違法があるものと主張する。

弁護士法二五条四号の規定の違反が、弁護士たる者の信用、品位を失墜するものとして懲戒の原因となることは別論として、同号に違反して行なわれた訴訟法上の行為の効力について案ずるに、同号の趣旨は、同条の他の各号に掲げるものと同様、当該事件の当事者の利益保護の見地から弁護士の右行為を禁止することを主眼としたものと認めるのを相当とし、従つて、同号に違反してなされる訴訟法上の行為は、これを所論のように絶対無効と解すべきではなく、そのような行為を相手方たる訴訟当事者が知りもしくは知り得べかりしにかかわらず、これを自己に不利益として異議を述べることなく訴訟手続を進行させ、事実審の口頭弁論を終結させたときは、その行為は訴訟法上完全に効力を生じ、後日に至りその無効を主張することを許さないものと解すべきである(昭和三五年(オ)第九二四号昭和三八年一〇月三〇日最高裁判所大法廷判決、民集一七巻九号一二六六頁参照)。記録によれば、本件原審において、上告人らは被上告人訴訟代理人盛一銀二郎が石川県選挙管理委員会委員として本件裁決に関与したことを当然知りもしくは知り得べき事情にあつたと認め得るにもかかわらず、右盛一の訴訟代理についてなんら異議を申し述べた事実は存しない。してみれば、論旨は、この点においてすでに理由がないものといわなければならない。

上告代理人重山徳好の上告理由第二点および第四点、同吉井晃、同大森厚実の上告理由第二点、同普森友吉の上告理由二および三について。

論旨は、原判決が、投票箱施錠に瑕疵のあつた事実、投票管理者が代理投票の補助者選任にあたり投票立会人の意見を聞かなかつた事実、代理投票処理伺簿の作成がなかつたことまた同伺簿に投票管理者等の承認印のない事実、代理投票八票が補助者の立会なくなされた事実を認めながら、それだけでは結局選挙を無効ならしめるに足りないと断じたのを、選挙法の解釈を誤つたものであり、かつそれら判示に関し審理不尽、理由不備等の違法があるものというにある。

まず、投票箱施錠の不備についてみるに、公職選挙法施行令三三条は、投票箱の構造を定めた規定にすぎず、投票に先き立つて投票箱に施錠すべき規定は存しない。従つて投票実施中における投票箱の施錠の不備は、それだけで選挙の規定違背をいうことはできない(当裁判所昭和二八年四月一六日第一小法廷判決、民集七巻四号三三八頁参照)。もつとも、同令四三条により、投票箱の閉鎖にあたつては施錠を必要とするから、投票終了後においてなお施錠不備の状態にあればこれを違法といわなければならない。しかし、本件においては、投票開始から投票箱閉鎖後これを開票所に送致して開票に至るまで、その間右投票箱を開被したりあるいは投票の増減改ざん等選挙の公正を宮するような不正行為の行なわれた事実は全く認められないというのであるから、たとえ施錠が完全でなかつたとしても、右違法によつて投票の内容にも投票数にも影響するところはなく、それが選挙の結果に異動を及ぼす虞のない旨を判示した原判決の判断は、結局正当であつて、所論の非難はあたらない。

つぎに、公職選挙法四八条二項において、投票管理者が代理投票の補助者を選任するに際し投票立会人の意見を聴くことを要するものとしたのは、右補助者選任の公正を担保する趣旨であり、代理投票申請者の投票意思に不当な影響を与えるような人物を補助者に選任することを防止する意味をもつものではあるが、投票管理者は右選任につき立会人の意見に拘束されるものではなく、他面立会人もあらかじめ選任された補助者が特定の代理投票申請者につき不適当と認めるときは、投票管理者に意見を申し出ることを妨げられるものでもない。従つて、本件選挙において投票管理者が立会人の意見を積極的に求めることなくあらかじめ補助者を選任し、これに代理投票の申請ある都度投票を補助させることにしたとしても、それにつき立会人に異議がなく、補助者たるべき者も就任を承諾しているときは、原判示のように、その違法の程度は軽微であり、右の違法から直ちに代理投票申請者の投票意思の自由に影響するような補助者が投票を補助したものと推認することは経験則上も許されない。してみれば、補助者選任に立会人の意見を微されなかつたという事実だけでは、当該代理投票の自由公正を阻害すべき可能性に乏しく、選挙の結果に異動を及ぼす虞を認めがたいことは原判示のとおりである。論旨は、なお原判決の前記補助者選任につき投票立会人に異議のなかつたものとする認定につき理由不備というが、判決の事実認定を非難するに帰し、理由がない。

また代理投票申請の手続において、代理投票処理伺簿の作成およびこれに投票管理者等の承認印を押捺するようなことは、全く投票管理の便宜上のものにすぎず、そのような取扱がなされなかつたとしても、この点につき証拠に基づいて、代理投票の申請のあつた都度申請事由を投票管理者に伝達してその承認をうけていた事実のあつた旨を認定している原判決に、なんら違法はない。

さらに、原判決が補助者一人のみで施行した代理投票合計八票の違法管理を認めたのに対し、論旨はその違法管理の行なわれた投票所における代理投票の全部を違法無効と解すべきものとし、かつ右投票の違法管理の影響についての原判示を非難するが、これらの論点に関する原判決の判断はすべて正当であつて、所論は独自の見解というのほかなく、前記八票の代理投票の違法管理をもつては、本件選挙を無効と認めるに由がない。

このほか論旨は、熊都町役場職員の選挙用紙流用による投票の偽造、すり替えの事実を原審が選挙無効原因として審理判断しなかつたのをもつて審理不尽、釈明義務違反と主張するが、所論の事実は上告人らが当選無効原因の一として主張したのに止まり、しかも原判決はそのような事実の不存在を正当に判示していること後述のとおりであるから、これに所論の違法は認めがたい。

従つて、論旨はいずれも採用できない。

上告代理人重山徳好の上告理由第三点および同吉井晃、同大森実厚の上告理由第四点について。

論旨は、本件選挙の未使用投票用紙は一、八七四枚残存するところ、能都町役場職員三名がこれを流用して投票を偽造し、生垣候補の得票四八ないし五〇票とすり替えた旨の上告人らの主張を原判決が排斥したのに対し、審理不尽、理由不備または採証法則違反の違法をおかすものと主張する。

しかし、原判決は、それが後に焼却されたかどうかは不明であるとしても、その挙示の証拠によれば、少なくとも本件選挙の開票日の翌日である五月一日午前一〇時頃までは残余の投票用紙は異状なく存在し、右用紙が上告人らの主張のように開票手続の終了までの間に不正に使用された形跡のなかつたことを認定しているのであつて、その認定判断に違法と目すべき点は存しない。論旨が右残余の投票用紙枚数は一、八七四枚ではなく、一、八五四枚で二〇枚の相違があるとするのは誤解と認められる(一、八七四枚は当事者間に争いない枚数であるうえ、原審第二回検証によれば宅崎候補の得票は実は五、〇七二票であること、原審採用の証人松田幸男の証言によれば、投票中に公職選挙法施行令五一条による船員不在者投票二九票を含み、別に交付した不在者投票用紙で投票されないものが八枚あることが認められ、従つて総投票数は一〇、一四七票に対し、能都町選挙管理委員会の交付した投票用紙の実数は一〇、一二六枚であり、これと投票用紙の納入枚数一二、〇〇〇枚との差額が残存用紙枚数にあたる。)。また論旨は、原判決が、前記残余の投票用紙の焼却の事実、その焼却が町選挙管理委員長の指揮によつたか否かを問題視することなく、前叙の判断をしたのを失当と論じ、さらに同判決が町役場職員加藤節夫の筆跡についての鑑定人中浜幸吉の鑑定の結果を採用しなかつたのを非難する。しかし、原判決は、証拠によつて不在者投票係や各投票所に配布された投票用紙で未使用のまま回収されたものの枚数が係員によつて点検されたこと並びに当初から未配布の投票用紙はその枚数が判明しており、そのまま厳重に保管されていた事実等から、開票終了後において前記未使用投票用紙枚数の残存を認めるに足りると判断したのであり、またその残存投票用紙を焼却しようとした処置も慣例によつたものと認め、他面開票手続において投票のすり替えの事実を裏付けもしくはこれを疑うに足りうる事実のない旨を判示しているのであつて、所論の事実を否定するに十分といわなければならない。なお中浜幸吉の鑑定の結果の不採用は、原判決も詳細説示するように、前叙の認定事実のほか加藤節夫の筆跡と鑑定された投票を自己の筆跡と証言する証人の存すること等を理由とするものであつて、これを採証法則違反とすることはできない。論旨は到底採用しがたい。

上告代理人重山徳好の上告理由第五点、同吉井晃、同大森実厚の上告理由第三点および同普森友吉の上告理由四について。

各論旨は、要するに原判決が宅崎候補に対する有効投票と判定した甲第九号証の一ないし五、七ないし一〇、一二ないし二三、甲第一一号証の一ないし八、甲第一二号証の三ないし二五の各投票を無効と解すべきものというにある。

右のうち甲第一二号の三ないし二五の各投票は、その各投票用紙に候補者の氏名の記載以外に骨筆等によつて記載したか、または紙を重ねて表の紙に記載しその筆跡が下の紙に写つたような状態で、原判決添付別紙第二の記載程度に人の氏名と判読できる無色の記載または記載の跡が存するものであり、原判決が、それら判読できる氏名が不在者投票を許された者あるいは不在者投票の立会人のものにあたることからしても、それら不在者投票用封筒の表面または裏面に投票者または立会人が署名した際に封筒内の投票用紙にその記載の跡のついたものと推測し、これを有意の他事記載と認めがたく、投票の効力に影響ないものと判断したのに対し、論旨は、投票用紙に投票者の氏名の記載されている以上、無記名投票の原則に反し、憲法一五条の保障する投票の秘密をおかすものとして、その投票を無効とすべきものと主張する。しかし、これら投票については、投票者は投票用紙にそのような記載の跡のつくことについて全く意識していなかつたものと認められるから、その者の投票意思の決定およびその表示がそのためになんらかの制約を被つていたとは考えられない。秘密投票、無記名投票主義も、ひつきよう投票意思の自由の確保を目的とするものにほかならず、従つて意思の自由に欠けるところのないと認められる投票は、具体的事情のもとにおいてたまたまその投票者が探知できるからといつて、これをみだりに無効とすべき理由はない。他事記載の投票を無効とする趣旨は、投票の記載が投票者の何人であるかを推知させる機縁をつくり秘密投票制を破壊するに至るのを防止する見地から、そのような記載をすることを抑制するにあたつて、無意識に生じた記載までを投票の無効原因とする要請を含むものではない。してみれば、前叙原判決の判断は相当であつて、論旨は理由がない。なおこれを憲法一五条四項違背のごとく主張する論旨は、投票の効力判断は公職選挙法自体の解釈の問題であることにかんがみれば、違憲に名を藉りるものにほかならない。

このほか、論旨主張の各投票の効力について原判決の説示するところはいずれも首肯するに足り、論旨はすべて採用できない。

してみると、本件選挙における無効投票は原判示のように合計一三票であり、ほかに違法管理によつた代理投票八票が存するにすぎない。従つてそれが宅崎候補の当選を無効とするに足りないことも原判示のとおりである。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(長部謹吾 入江俊郎 松田二郎 岩田 誠 大隅健一郎)

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